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『ここまで来たよ、35年』〜あるTシャツ屋さんの記録〜 No.4

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 Habu BoxのTシャツデザインを振り返るシリーズの4回目。「Tシャツデザイン史Ⅳ」(1999〜2001年)です。いよいよ最終回。今回はさすがに歴史にほんろうされてきた「おきなわ」のモチーフがあぶりだされてきたようなデザインが顔を出してきました。ささ、ゆっくりとご観覧くださいね。

 

【HabuBox 1999】No.17

 嘆きの島

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 1990年代後期の作品。ハブボックスの新しい世代のデザインです。コミックの一コマのような感じがよく出ていますね。Tシャツのうえには「嗚呼 死の鳥に 巣喰われし 和が島よ」という俳句ふうの詩をプリントしています。これまでのTシャツにはなかったメッセージを感じます。「鳥」と「島」の文字絵による韻がおもしろい。「鳥」は「自由」、「島」は「不自由」も、意味の韻をふんでいるようにおもえます。

 

【HabuBox 2000】No.18

 糸満ハーレー

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 1990年代後期の作品。1995年ころから2000年ごろまでのハブボックス・デザイナーたちの時代は、実に抱腹絶倒。感性豊かなデザインが目白押し状態。この「糸満ハーレー」は、沖縄の文化素材をジャンク風に仕上げた奇抜な作品。糸満の「ハーレー」とヴィンテージ・バイクの「ハーレー」をかけていることの、その場限りのおもしろさにもみえますが、このデザインには、文化とはチャンプルー状態で生きていくものだということをよく言い表しているようにおもえます。このデザイナーはしたたかさなヤツですよ、きっと。

 

【HabuBox 2000】No.19

 ローカルニュース

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 1990年代後期の作品。このころは「少女米兵暴行事件」や「阪神大震災」など社会を揺るがす事件が目につきました。デザイナーそのことにあえて意見を言うのではなく、当時の新聞に記載された社会問題の紙面をコピーして、いくつもの記事を重ねています。図柄が十字架の形になっているのも、このデザイナーの感性の豊かさを示しています。この時代のデザインは、もう「コンセプチュアルアート」の域に入っています。表現はキャンパスであろうが、路上であろうが、Tシャツのうえであろうがいいじゃありませんか、って声が聞こえてきそうな「デザイン」ですね。

 

【HabuBox 2000】No.20

 魂の回帰線

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 1990年代後期の作品。個人的には、いちばんスキなデザインです。沖縄の亀甲墓を上面に印刷して、バックに薄らと「女性の肉体」がバックライトで印刷され「赤ちゃんの生まれる出口」を描きだしています。このアイデアのおもしろいところは、人生の最終の扉である墓の口と、人生の誕生の扉である出産の口が重なり合っているところです。人間の生き死にのドラマを、このひとつのTシャツに描き切ったんですね。当時のデザイナーたちが、沖縄の政治以外にも文化や性にテーマを求めたことがよくわかります。ヌードをTシャツに直接、描き出した衝撃的な作品でもあったんですよ。なかなか。グッですよね。

 

【HabuBox 2001】No.21

 サン

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 2000年代の初期作品。「サン」という沖縄文化にある魔除けをデザインに取り上げたものです。それにしても、大きな「サン」をTシャツの左側に大きくプリントしているのがバランスのうえで、どうかともおもえますが、その「アンバランス性」がひとつの「主張」でもあるようにおもえます。デザインは大きさとその位置により、メッセージ性を大きく発信していることになっているのですね。沖縄の政治状況で必要なのは「大き過ぎるサン」でなければならないと、デザイナーは言っているのでしょうか。

 

【HabuBox 2001】No.22

 島ぞうり

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 1990年代後期の作品。島ぞうりを胸全面にプリントして意表をついています。これも上の「サン」と同じように「大きいことはいいことだ」と言わんばかりです。これまでの沖縄Tシャツになかった作品です。「島ぞうり」を大きくプリントする「意外性」で沖縄気質・おきなわらしさをメッセージとして発信しているのです。沖縄の歴史の重苦しさからも開放されたいんですね。シンプルだけれども、「じぶんたちらしさ」をよく言い表していますね。

 

【HabuBox 2001】No.23

 マイウェイ

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 2000年代初期のデザイン。このころは反戦や平和運動という政治や社会問題の大きなテーマが影をひそめた時代です。しかしそれでも2001年には「アメリカ同時多発テロ」という世界を揺るがす「時代を写す事件」が起こっています。国と国における経済や宗教の対立ということに対して、いろいろ考えさせられる新たな時代の始まりでした。デザイナーは、日本とアメリカという国に挟まれて生きてきた「沖縄」に目を向けています。「58ROUTE」も歴史のなかで、明治政府や米軍政府の統治管理がありました。沖縄の「58ROUTE」は誰のものでもない、沖縄のものなんだ、「我道」なんだ。としているところに、このデザインのメーッセージ性を感じます。

これで『ここまで来たよ、35年』〜あるTシャツ屋さんの記録〜を終わります。

ご精読ありがとうごさいました。

 

へいそー